ソレイルの家の近くで倒れていた少女との出会いから、もう数時間が経っていた。
日は西に傾き出している。窓の外を見て、そろそろ自分の家に戻るかと
リクトはベッドサイドのスツールから腰を上げた。

ベッドで今だスヤスヤ眠る少女を申し訳なさそうに見ながらも、
起こそうと小さな肩に手を伸ばす。
だが、名前を呼び起こそうと思ったところで手が止まった。





第二章 青色の少女

君の名前は?





「…名前が必要だな」
自宅へ帰ったら少女の名前を一番に考えようとリクトは心に決め、
名前が無いので仕方なく肩を揺すり起こす。


「起きろー。起きろー。もうすぐご飯だぞ」


三度ほど呼んだところで、少女の瞼がピクリと動いた。
少し経つと、瞬きを繰り返し目を覚ました。

「あ…」
覗き込んでいるリクトに驚き声を上げる。
それに気付き、リクトは肩を竦める。


「悪いが、そろそろ家に戻らないとまずい時間なんだ。」
「ううん。起こしてくれてありがとう。」

置いていかなことに安心したのか、少女は笑顔でお礼を述べる。
リクトは安心させるように頭を撫でて微笑んだ。
「さぁ帰るか。」
「……うん!」
帰る、という単語に少女は少し戸惑うが、リクトはすっかり迎え入れてくれている。
返事を返すと、ベッドから飛び降りた。ベッドを綺麗にセットしなおし、辺りを見渡す。
全て済むとキッチンでお皿を片付けているリクトの元へ駆け寄ってきた。
それを見てリクトも体を向けた。

「こっちも終わった。家へ帰ろう。」
「うん!」

返事を聞いて満足そうに微笑むと、少女の手を取る。
少女は驚いた顔をしたが、嬉しそうに握り返してきた。
やはり娘を持つ父の気持ちになっている自分がおかしくて、リクトは小さく笑った。

本当だったらフラワーヒルを案内してあげたいものだったが、
日没が近い今はそうはいかない。
明日にでも案内しようと思い、リクトは少女の歩幅に合わせつつも先を急いだ。




自宅…長の家に帰ると息をつく間もなく、少女を書斎のソファーに案内すると
すぐ戻ると部屋をあとにした。
リクトがいなくなると少女は部屋をキョロキョロ見回す。
リクトの書斎だそうだが、調度品のどれを取ってもセンスがある。
今は少女の目の前に対のソファーと天井まで続くほどの窓があるが、
その窓から光を取り込めるようにと配置された机もまた、年代物の格好の良い机だった。
机の上にたくさんの紙が置かれているのは仕事だろうと思われる。

少女が様々なものを楽しく眺めているうちに扉が開く音が聞こえリクトが帰ってきた。
部屋を出るまでには持っていなかったエンジ色の本を手にしているリクトに問いかけた。
剥げかかった装丁からして年代物だろうと推測できる。

「なにしてたの?」
「ああ。名前が無いと不便だと思ってな。一時的な名前としてだが、こういうのはどうだ」


『リソル』


きっぱりと聞こえた言葉に、本を見ていた視線をリクトに移す。
気に入ったのか少女は笑顔で答えた。

「『リソル』というのは『照らす者』という意味だ。
リソルが誰かを照らす光となれるように。名前を思い出すまで……どうだ?」

古い装丁の本は、日光種特有の言葉が書かれた本らしく、
その中から目当てのページを見つけ出すと少女に見せる。
種族が違うであろう少女に文字が読めるかどうかは定かではないが。


「素敵な名前ありがとう。」


満円の笑みで答えるリソルを見て、リクトは自然と笑顔になる。
その表情はまるで我が子を見守る親のような優しい笑顔だった。
そんなリクトに気付いたのか笑顔に照れたのか、
リソルは恥ずかしそうに顔を背けた。
背を向けているのが照れ隠しだとわかったリクトは、気にせず続ける。

「じゃあ、リソル。改めてこれからよろしく。」

リクトの声に頷くリソル。
リソルの後ろ姿を眺めると、ちょうど延長線にある窓に目が移った。



「しまった。もう日没が近いな。」

少し焦ったリクトの声に、何事かと顔を向ける。
すると真剣な顔でリクトは話した。
「リソル。俺と暮らすにあたって、1つ教えておかないといけないことがあるんだが……
今日はもう時間がない。とりあえず寝室に案内しよう。」

言葉が終わると同時に、リソルを抱きかかえる。
リソルは驚いてリクトを見るが、いやがっている様子はない。リクト自身も自分の行動に驚いていた。
自然にリソルを自分の子どものように扱っているのが不思議で仕方なかったが、
抱きかかえてしまったのだからと、そのままの状態で寝室に向かう。

寝室の扉を開くと、ベッドが1つ。生成り色のシーツがピシッとかけられたベッドはかなり大きく、
大人2人が十分に寝られる大きさで、先ほどリソルが寝ていたソレイル家のベッドとは比べ物にならない。
そこにリソルを下ろすと、リクトは申し訳なさそうに、今日だけは1人で寝てほしいと伝えた。

「明日にはもう1つベッドを運んでくるようにするから。」
リクトはどうするのかと尋ねると、リクトは先ほどの書斎のソファーで寝ると言う。
さすがに申し訳なく思ったのか、首を振る。
しかし、リクトが少し焦った様子でどうしてもという感じだったので、仕方なく納得してくれた。


「今日だけだよ!」

どこか大人びた笑顔で言うリソルに、リクトもありがとうと笑う。
リクトが部屋を出て行った少しのち、窓から差しこんでいた夕日の光はなくなった。夜が訪れたのだ。

リソルは窓の近くまで歩き、背伸びして窓から外の様子を伺う。
真っ暗というわけではなく、月の光が外の景色を照らす。
しばらく当たりを見回した後、イソルは下を向いた。小さな肩が、かすかに震える。
リソルが眠りにつこうと窓から離れたあとには、小さな雫が残っていた。





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続きを長らくお待たせいたしました!

少女はリソルという名前になりました。
リクトがどんどん父化していて面白いです(笑)


[11.09.21]