「相変わらず大っきいねーこの家は」

そう言ったソレイルの顔はさっきまでの暗い顔ではなく
モヤモヤから吹っ切れたようなとても良い笑顔で笑ってた。


日光種と月光種の使命











長に呼ばれたと聞いて
ソレイルとリクトは長の家…リークとリクトの住む家に走って向かった。
そして今、目の前にはソレイルの家とは比べ物にならないほど
大きい綺麗な家、長の家があった。
日光種の長とはこれほど象徴的で力を持っているのかと
改めて思わずにはいられない。
何も考えずにしょっちゅう出入りしていた幼い頃を思い出して
ソレイルは少し笑った。

「……ソレイル行くぞ」
なにボケっとしてんだとでも言うように上からリクトの声が降ってくる。
ソレイルはうんと答えて先を急いだ。



外も凄いが中も凄い。
しばらく来ていなかったせいか、
今までぐるぐると考え込んで暗くなっていたからか、
前よりも豪華になったのではないかと錯覚を覚える。
ソレイルがキョロキョロしている中
リクトは目的の部屋に向かってずんずん進んでいた。

そして、ソレイルとの差が開いたころ
ちらっと振り返って呆れつつ溜め息を付きながらも
ソレイルが来るのを待っていたり。
そんなリクトがソレイルには嬉しかった。




やっと目的の部屋につき大きな扉を開ける。
それと同時に中に入るとリークが真剣な面持ちで立っていた。
それを見た瞬間ソレイルはドキっとする。
さっきまでは大丈夫だと思っていたことがリークのその顔で
一瞬にしてやってはいけなかったことだったという思いに変わってしまっていた。

真剣な面持ちのリークを見ることはかなり珍しかった。
リークはリクトの父親かと思うほど普段ほとんど笑顔で優しい人だ。
リクトでさえ父リークの真剣な姿を、顔を見ることはあまりない。
そのせいか、こういう顔をしている時のリークは
何もされてないのに懺悔したくなる。
自分の悪いところを見透かされているようでいた堪れなくなるのだ。
それは、日光種の長であるそれ故かもしれない。



「ソレイル」


リークはゆっくりと口を開いた。
ソレイルはビクリと体を揺らす。
『月光種』のこと『夜』のことを皆の前で語ったこと…
掟を破ったことを怒られるのかとソレイルは下を向いてぎゅっと目を瞑った。
怒られるでは済まないかもしれない。
そんな思いがソレイルの中を駆け巡る。

「顔を上げなさい」
その声に優しい感じが含まれていたので
ソレイルは気が抜けてついつい従ってしまった。

顔を上げるとリークはさっきの顔ではなく
普段の優しい笑顔を浮かべていた。


「立ち話もなんだから、この椅子にお掛けなさい」
とリークは部屋にあるソファーのようなフワフワとした椅子をソレイルに向けた。
「は、はい」
ソレイルはその優しい笑顔につられるようにその椅子に座った。
リークもソレイルの向かいに椅子を持ってきて座る。
そして、扉のところに居たリクトに声をかけた。

「リクト」
「……なんだよ」
「お前は自分の部屋にいなさい」
「……」
それはオレには聞くなってことだなと目で父に問うと
溜め息をついて扉を閉めた。

リークの部屋はソレイルとリークの二人だけの空間になった。



しばらく静かな空間が流れた。
それは何秒だったか何分だったか、はたまた何時間だったか
ソレイルは緊張してとても長い時間に感じた。
耐え切れなくなってソレイルがその空間を破る。
「………長」
「ここでは長じゃくて、いつものように呼んでいいですよ」
「……じゃあ、リーク様」
「なんですか?」
「私…やっぱりやっちゃいけないことしましたよね。
 皆の前で『夜』とか『月光種』のこと言っちゃって…
 しかも……」
一気に話そうとしたソレイルを遮ってリークは言う。

「さっそく本題に入ってもいいんですが
 その前にお茶でも飲みませんか?」
爽やかな笑顔で問うてくるリークにソレイルは驚いた。
てっきり怒られると思っていたのだが違うのだろうか。
「……頂きます」
リークの発言で少し落ち着いたソレイルはお茶を貰うことにした。

リークの煎れるお茶は好きだった。
独特の草の香りが好きでよく作ってもらっていた。
懐かしいなぁと思いながらソレイルはお茶を煎れるリークの後ろ姿を眺めた。
いつしかソレイルの気持ちは花束を作った頃の気持ちに。
『月光種』が気になるという強い気持ちに戻っていた。



「さて、では本題に入りましょうか」
「うん」
すっかり落ち着きを取り戻したソレイルはしっかり答える。
口調も敬語じゃなくいつも通りに戻っていた。
ソレイルはリークと話すときも敬語を使わない。
ソレイルにとってリークは父親のようなものだったからだ。
そんなソレイルを見てリークは少し微笑んだ。


「前に月光種や夜のことを話ましたね」
「うん」
「それからソレイルがそのことばっかり考えてると聞きました。
 リクトからもライイからも」
「……」
長にも言っていたのかと…そんなに心配だったのかと
ソレイルはリクトとライイに悪い気持ちになった。
目線が下を向く。
そんなソレイルを知ってか知らずかリークは話を続ける。

「二人がそんなに気にしなかったことを
 なんでそんなに気にしてしまうのか不思議に思いませんでしたか?」
「……思ったよ
 なんで皆は気にしないのか。自分はこんなに気になるのか。
 不思議で仕方なかったもん」
「…でしょうね」
しばらく沈黙が続く。

沈黙が続いた後、
リークは少し顔をしかめて
意を決したように言葉を紡いだ。

「……ソレイル…結論から言います」

その言葉でソレイルの緊張が高まる。
心臓の音が向かいに座っているリークにまで
聞こえるのではないかと思うほど
大きな音をたてていた。


「あなたは『消滅』します」


その言葉は衝撃だった。
ソレイルは息をするのを忘れそうだった。
何がなんだかわからなくなった。

日が落ちて日光種の姿が見えなくなることを『消える』と言う。
寿命が来て居なくなってしまうことを『生華(せいか)』と言い
また生まれ変わることからその名が付いた。
そして『消滅』とは生まれ変わることもなく跡形も無く消えてしまうこと。
『消滅』した者の存在は記憶からいなくなってしまうとも言われている。


それを私が……なんで……


『生華』なら生まれ変わることが出きるので
もし今の自分じゃなくても生きれる。
けど『消滅』をしてしまえばもう二度と生きかえることはない。
ソレイルの頭の中では、なんで…とその言葉が繰り返されていた。

そんなソレイルを見かねてリークは続きを話す。
「ソレイルが『月光種』を気になっていた理由。
 それはソレイルが『月光種』に出会って消滅するからです」
「…え」

リークの言葉を聞いてソレイルは少し意識を取り戻す。
『月光種』に出会って…ということがソレイルの中ですごく引っかかった。

「数百年に一度太陽が月に飲み込まれてしまうことがあるのです。
 そのままだと太陽の世界は永遠に闇のままになってしまいます。
 それを…太陽を取り戻すのが『日光種』の使命です。
 そして、月を抑えて太陽を取り戻す手伝いをするのが『月光種』の使命です。
 …これはずっと昔から続いて来ました。
 太陽が月に飲み込まれる度に……
 ソレイルはその使命に選ばれた。
 だから『月光種』が気になって仕方なかった」

リークの話を聞いてソレイルは驚いた。
いや、驚きを越えているのかも知れない。
けれどさっきと違って絶望のような光はソレイルの中になかった。

「『月光種』に会いたくて会いたくて『夜』が気になって仕方がなくなる。
 というのが使命を受けた者です。
 そして……それは明日起こります」
「え…?」

明日という言葉にソレイルは反応した。
急な話だった。
たった今使命を聞いたというのにそれが明日起こるとは。
しかし、ソレイルの心はそれを受け入れていた。
何故だかソレイルにもわからない。


ただ何も怖くなかった。
何も恐れなかった。
心は決まっていた。


「……ソレイルの返事は聞かなくてもわかります。
 何も恐れることなく使命を受け入れているんでしょう?」
リークは優しく微笑んだ。
ソレイルはも微笑んだ。
ソレイルは気付かなかった。
リークの笑顔に深い悲しみが含まれていることを。



「話は終わりです。
 もう日が暮れそうですからそろそろ家に帰りなさいソレイル」
「うん」
ソレイルは笑顔で返す。
それを見てリークは微笑む。
そして、扉を見ていった。

「……リクト。聞いてたんでしょう?
 ソレイルを送ってやりなさい」
「え?」
ソレイルが驚くのと同時に扉が開いた。
「……知ってたのか……」
「リクトが言うこと聞くなんて思ってませんでしたよ」
「……」
なんだよそれとでも言うような目でリクトはリークを見る。
リークの表情は笑顔のままだ。

「ソレイルを送ってあげなさい」
「わかってる……行くぞ、ソレイル」
「え、あ?うん!」
リクトの言葉にソレイルはリクトの方へ向かう。
扉まで来るとリークに振り返って言った。

「リーク様、お茶ありがとう。
 最後にリーク様のお茶飲めてよかったよ」
笑顔でそう言うとリクトと共に去っていった。





廊下から二人の笑い声が聞こえる。

リクトはあの話を聞いていたはずなのに…頑張るなと
自分の息子の気持ちを思い出してふっと笑う。
そして、次の瞬間悲しそうに目を伏せる。

「長をやってて良い事なんてない……
 あの事を伝えるのがどんなに辛いか
 大切な人が消滅するのを何度見たことか。
 ……できることなら私が変わってやりたい。
 私の半分も生きてない者がどうして消滅しなければならないのか……」





そのリークの呟きは誰も知らない。

誰もいなくなったその空間に
その言葉はゆっくりと溶けた。

リークの深い悲しみと共に……








(4話おまけSS)